『銀天公社の偽月』
目黒次は『銀天公社の偽月』。これは短編集ですが、新潮に4編、文学界に2編、1997年から2000年までに書かれた6編に、書き下ろし1編を足したもので、2006年9月に新潮社から本になって、2009年11月に新潮文庫。ようするに、6編では本にするには足りず、書き下ろしを足そうとしたけど、それがなかなか書けなかったということだろうね。それで刊行が2006年までズレてしまったと。
椎名覚えてないなあ。
目黒ここにね、「つがね」が出てくる。「くぐつかれるのか。どこつがねつがねられるか」という話し方には理由があって、「生化学戦争の最前線でPCC棘胞(きょくほう)ガスに冒された兵士の特徴ある喋り方」だという。つまりここに出てくる「つがね」は、「少々厄介な傷痍軍人」だというんだ。『砲艦銀鼠号』に出てくる「ツガネ」は「戦闘用に開発された再生人間」だったけど、その「ツガネ」とこの「つがね」は同じなの?
椎名同じつもりだよ。
目黒ちょっと違うような気もするんだけど(笑)。
椎名そういう細かなことは言わないように(笑)。
目黒一応、収録の七作のタイトルを並べておこう。
- 「滑騙(ぬめりだまし)の夜」 新潮 1997年1月号
- 「銀天公社の贋月」 新潮 1997年6月号
- 「爪と咆哮」 新潮 1998年1月号
- 「ウボの武器店」 新潮 1999年7月号
- 「塔のある島」 文学界 1998年10月号
- 「水上歩行機」 文学界 2000年6月号
- 「高い木の男」 書き下ろし
「ウボの武器店」にようやく「北政府」の文字が見える。「水上飛行機」に出てくる灰汁は、『砲艦銀鼠号』にも出てくるけど、『武装島田倉庫』にも出てくるんだって。
椎名そうか。
目黒忘れてた?
椎名いやいや(笑)。
目黒『銀天公社の贋月』の文庫解説を大森望が書いていて、それを読むと、灰汁は『武装島田倉庫』が初登場で、あとは短編の「海月狩り」や「鯤飩商売」にも出てくると。だから全部つながっている。
椎名おれの好きなキャラクターなんだよ。この世界も好きで、このあともいっぱい書いている。全部で10冊は書いているんじゃないかなあ。
目黒少し先の未来を描く超常小説か。
椎名背景には北政府があって、灰汁がいるんだ。おれ、結構意識して書いているよ。
目黒よくさ、未来史年表を書いていて、それに基づいて書いているとか言うよね。椎名もそんなことしてるの?
椎名そこまではしてないけど、実はつながった世界であると読者に伝えるために、他の短編に出てくる名称をさりげなく書いてみたりしている。分かってくれる読者がどこまでいるかは知らないけどさ。
目黒あのさ、冒頭の「滑騙(ぬめりだまし)の夜」にこういう記述が出てくる。
銀天公社の贋月があがっていた。贋月はわざと輪郭をいびつに作ってある。理由はよくわからない。この月があげられた頃、空白の多い十六頁の新聞にその理由が書かれているのを読んだような記憶があったが、その内容はもう忘れてしまった。どっちみちたいしたことではないのだ、と私は億劫な気分で考えていた。
これは仲間のよっぱらいおとっつあんとどこかの河原でキャンプしているとき、河原のドラム缶風呂におとっつあんの一人がはいっているところである。
とあるんだよ。どんな理由か本当に考えていた?
椎名忘れた(笑)。
目黒そもそもなぜ贋月があがっているのか、その理由は書いていたっけ?
椎名いや、書いていない(笑)。
目黒ちょっと待てよ。短編の「銀天公社の贋月」を書いたのは1997年6月号なのに、その前の1月号に書いた「滑騙(ぬめりだまし)の夜」に、すでに「銀天公社の贋月」という名称が登場するってことは、タイトルが先にあったということ?
椎名うん。いいタイトルだろ。
目黒イメージがどんどん広がるタイトルだね。タイトルが先にあるって小説、椎名には珍しくない?
椎名珍しいな。
目黒『アド・バード』とこれくらいか。
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